鯛の里日記

周防大島町沖家室島の民泊体験施設・居酒屋の日常と、宮本民俗学の学びを書きます。

朝ドラのアサの時代

「今後は国の政治であれ、国際間の関係であれ、この軍国主義を捨て、愛をもって互いに仕えあう境地に進まなければなりません。日中間をはじめ、日米間にも永久の平和が結ばれるようにと祈ってなりません」(「婦人週報」1919年1月17日号)

この言葉、誰あろう今の朝ドラの主人公のモデル広岡浅子が残したものです。時は大正8年。その前年には第一次世界大戦終結し、まさに日本はもちろん世界が第二次大戦を迎える前夜だったころです。ドイツ帝政が倒れ、ワイマール憲法がつくられたのもこの年。翌々年には日本の原首相が暗殺をされるという混沌とした時代でした。

クリスチャンだった浅子は徹底して平和主義を唱えて社会事業を展開したといいます。こういう言葉も残しています。

「我国の有識者、為政者たちや、戦争のために富に酔ったところのいわゆる成金者の多くは、今後の世界においても戦乱は終息しないと信じているのである。ゆえに軍備の拡張、否、国防上の大計画をしなければならないと言っている様子である」

「この思想は必ずや、我国民の頽廃を来し、軍国主義の夢に亡びないとも限らない事情が伏在しているのではあるまいか」菊地秀一『広岡浅子語録』宝島社

今から100年前、この時代にこんな女性がいたというのも驚きます。果たして今、浅子が生きていたらどんな言葉を発するでしょうね。この約20年後の1939年、ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が勃発します。

「愛をもって互いに仕えあう」という言葉が面白いですね。仕える(ツカえる)。似た言葉に仕官があります。藩主に雇われる、今で言うと公務員でしょうか。反対には浪人。お互いのために仕えましょう。私はあたなのために、あなたは私のために仕事をしましょうと。ここに浅子の平等主義がみえるようです。

こんな言葉も残しています。
「体を売る女を何故責めるのか。彼女達は他に手段が無いからだ。では何故無いのか。それは男達が女子教育の機会を奪ったからだ〉(『広岡浅子語録』)

強烈です。戦争で夫をとられ戦死し、止むにやまれず身体を売る女性たちに授産所、今で言うと職業訓練所を設けて働き口をあっせんしたと言います。

浅子の言葉が今に光を放つのは、今の時代が100年前の戦争前夜と重なるからでしょうね。今の政治、個人的な思惑で動いてはいないか。現政権が突進む先の世界。総理の脳裏に去来する思惑とはなんなのか。多くの人がすでに見抜いています。

少し裏を覗いてみましょうか。

浅子の姉、ドラマではハツですけど病で25歳の若さで亡くなっています。浅子の娘の千代はホントは亀子。名前が時代ですねェ。鶴亀さんが多いです。千代の同級生で親友のノブちゃんの宣子は後に浅子の片腕となり、女子大学の校長をつとめます。ハツの息子の藍之助は後にどうなるのかな? 最初みたときにアッ、楽しんごだと思っちゃった。ハッハッハ!!