ブランクがあるとサッパリ弾けん。指の股が広がらないし、指が立たず寝てしまうから隣の弦に当たってしまう。手首がかたいからネックに回り込めない。ピックはよその弦を引いてしまうし。
今となっては笑い話だけど、かつてはクラシックギターの名手と言われていた。若いころミニ劇団を組んで役者のまねごとをしていた。ある音楽劇で一曲弾くことになった。曲名はギターの名曲「アルハブラの思い出」。トレモロ奏法という最高難度の技がいる。
ステージ中央に座り、天からスポットライトが当たる。静かに僕は弾き始めた。サビの部分は情感豊かに盛り上げた。曲が終わったとき、一瞬静まり返り、そのあと拍手が静かに沸き起こり、大歓声となった。僕はゆっくりとお辞儀をして舞台のそでに引き上げた。スタッフが最高だったと声をかけてくれた。
実はと言うと、プロの演奏家のレコードをまわして、僕が弾く真似をしていたのだ。あとから周りにネタばらしをすると、「どうりで上手いと思ったよ」と言われた。でも弾き方はだいぶ練習をしたから、見破られなかったことは役者としてたいしたもんだと思う。今でもあれは僕が弾いていたと思っている人がいるはずだ。その人たちにとって、僕は今もギターの名手のままに違いない。