鯛の里日記

周防大島町沖家室島の民泊体験施設・居酒屋の日常と、宮本民俗学の学びを書きます。

杖かステッキか

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【杖かステッキか】

杖というとどうも年寄り臭いイメージがある。生前に父が圧迫骨折で動けなくなり、杖を差し出すと

「いやど、年寄り臭い」

「九十の年寄りがナニを抜かすか」

さっきのことは忘れているくせに、年寄りにはみられたくないという意識だけはあるようだ。

僕は35年前に防波堤から転落して左足を骨折した。あのときのことは一生忘れないだろう。救急車のサイレンが鳴ると、家という家から人が出てきた。タンカで車に担ぎ込まれて出発するときはまるで今生の別れのようだった。中には手を合す人もいた。霊柩車か。

手術で人工関節を埋め込まれ、左足機能全廃の障がい者となった。医者からは重い物は持つな、外出時に杖をつけと言われている。年に一回は精密検査をうける。あるとき、杖を持たないで診察室に入ると「杖をつかないで歩いてはいけないと言ったはずです。人とぶつからないためでもあるんです」ときつく叱られた。それからはキャリングバッグや車には常備している。

病院から持ち帰った杖はまことに年寄り臭いタイプ。頭がT字になったもので、どうもこれが好きになれない。ネットで調べるとステッキというカテゴリーで登山用があった。オッ、これはおしゃれだとすぐに飛びついた。以来、キャリングバッグにはこれがいつも入っている。折り畳み式なのでコンパクト。

杖をステッキといえば聞こえがいい。何も足が不自由な人だけが使うわけじゃない。過去の著名人なんかはステッキ姿で写真に納まっている。チャップリンがそうだし、かの文豪芥川龍之介永井荷風(この人は傘)もそうだ。明治の政治家は必携だったようだ。こうしてみると、ステッキは紳士の証でもある。

これが実に便利がいい。腰に負担がかからない。わざわざかがまなくても先っちょでこそこそ地面がつつける。荷物を肩に担ぐにも便利がいい。方向を指すこともできる。ベンチに座ったときは犬のようにアゴを載せることもできる。いざという時は水戸黄門のようにチャンバラもできる。

魔法使いは杖がないと話にはならない。ハリー・ポッターなど、あの子どもが持っているくらいだ。ホグワーツの先生は杖で魔法をかける。パーティス・テンポラス(道を開け)。杖はもはや障がい者の専売特許ではないのである。

杖がかっこいいと思ったことがある。マッチこと近藤真彦が「愚か者」でレコード大賞を受賞した。そのときに唄いながら持っていたのがヘッドの丸いステッキだった。クルンクルンと手首で振り回してみたり、両手をヘッドに載せて体を左右にリズムをとる。親子ほど年は違うが見事な使いこなしだった。ステージのそでで中森明菜が神妙な顔をしていたので、特に印象に残っている。

そうだ。これからは杖をステッキと言い換えよう。

家族と出かけるとき、妻が背後から声をかけた。

「お父さん、杖持った?」

いっぺんに現実へ引き戻された。