
潮風が香る夜だった。
瀬戸内の海は、月の光を映して銀色に染まり、波は静かに砂浜を撫でていた。
ゆう、ナミ、テル、そしてアヤは、かつて風と火、水の記憶を繋いだすべての力が、最後にひとつに還る場所――**海ノ神座(かみのざ)**へとたどり着いた。
そこは、海に浮かぶ小さな島。古より「神楽の夜」にだけ海神が姿を現すと伝えられていた。島の中央に立つ神木の前には、すでに準備された白木の舞台があった。
アヤ(小声で)「ここで、“舞”を捧げます。海の神と、失われた記憶のすべてに。」
ナミ「アヤさん……それって、私たちも?」
アヤはゆっくりとうなずいた。
アヤ「神楽は神だけのためのものじゃない。風を聞き、水に触れ、火とともに歩んだあなたたちの“音”が必要なのです。」
テルは、潮の匂いを深く吸い込んでから言った。
テル「昔、わしもここで舞う者を見たことがある……月明かりの中で、神と対話しとった。」
そのとき、ゆうがそっと竹の笛を取り出した。波の音とともに、かすかな音色を紡ぎはじめる。
──ヒュウ……ウウゥン……シュゥ……
不思議なことに、笛の音に呼応するように、波が静かに揺れた。
月が舞台を照らし、風が四人のまわりをやさしく包んでいく。
アヤは、白装束をまとうと、舞台の中央に立った。ナミもその横に立ち、ゆうと目を合わせる。テルは、舞台の隅で火の灯を見守っていた。
アヤ「始めましょう。“海ノ神楽”を。」
【神楽が始まる】
アヤはゆったりと腕を広げ、風の流れを読むように舞いはじめた。ナミは、貝殻の鈴を鳴らしながら、潮の調べを奏でる。
ゆうの笛がそれに重なり、三人の音がひとつになると――
海が、まるで呼吸をするように波打ち、空に雲が渦を巻きはじめた。
テル「来るぞ……“海の記憶”が。」
すると、海の中から無数の光が浮かびあがってきた。それはかつてこの島々を守ってきた“魂”たち――忘れられた漁師、子ども、巫女、そして神々。
光たちはゆっくりと舞台を囲み、音に耳を澄ませていた。
そして
月の中心から、ひとつの大きな光が降りてくる。それは、かつて「海ノ神」と呼ばれた存在。
アヤ(静かに)「海神さま……」
神は人の形ではなかった。魚の鱗のような身体、潮風の羽のような尾、目は深い海のように澄んでいた。
神「……音をありがとう。風も火も、水も、すべての記憶が還ってきた。だが、ひとつ、まだ……」
神の声は、海そのものの響きのようだった。
ナミ「まだ、何が足りないの?」
神「“願い”だ。――おまえたち自身の、未来への願いが。」
ゆうは、そっと笛を止め、舞台に立った。
ゆう「ぼくの願いは――この島が、ずっと守られること。みんなの声が届くこと。神さまたちが怒らなくてすむように……。」
ナミ(涙ぐみながら)「私の願いは、……忘れないこと。水も風も、あたたかい記憶も、全部。」
神は静かにうなずいた。そしてその身体が無数の水の粒子にほどけ、夜空へと舞い上がっていった。
その光景は、夜の海に咲く、静かな花火のようだった。
テル(ぽつりと)「……願いが、届いたんじゃな。」
やがて、波はふたたび静かになり、空には朝の気配が訪れていた。
風がやさしく吹き、どこからか神の子守唄が聞こえてきた。
<次回第14話「風を継ぐ者たち」>
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