
連載「ゆうたの夏」
ゆうたの夏
第3話「朝焼けの海へ」
「ゆうた、起きるぞ。朝の海はもう始まっとる」
祖父の声が夢の中からゆうたを引き戻した。まだ空は暗く、カーテンの隙間からはかすかに藍色の光が差し込んでいた。
祖母がにぎったおにぎりを手に、ゆうたは祖父の軽トラに乗り込む。エンジンが唸り、まだ眠る島を静かに走る。
「眠いけど……なんか、わくわくする」
港に着くと、祖父の小さな漁船が待っていた。船に乗り込むと、夜明け前の風が顔を撫でた。
「今日の目的は鯛じゃ。一本釣りじゃ」
「手で釣るの?」
「そうじゃ。竿なんかいらん。海と直につながるんが、この釣りのええところじゃ」
そんなとき、僕の体に異変が起きた。口に唾液に溜まり、急に胃がけいれんを起こしてグエ~海に吐いてしまった。
「さっそく洗礼をうけたか。はっはっは。ゆうたそれは船酔いじゃ。誰もが最初に経験するが、心配はいらない。まあ水をのんでおにぎりを食べたらいい」
ゆうたはとてもおにぎりを頬張る気はしなかったが、一つだけ食べた。塩気の聞いたおばあちゃんの作ってくれたおにぎりは旨かった。
「おじいちゃん、すごく美味しい」
「そうじゃろう、海の上で食べるおにぎりは最高なんじゃ」
ゆうたは祖父の横で少し横になった。そして1時間ほど寝て目を覚ました。だいぶ気分が良くなった。祖父はすでに数匹の鯛を釣り上げていた。
祖父は木の箱から糸を巻いた木枠を取り出した。細いナイロンの釣り糸の先に、オモリがついてその上に枝のように数本の針がついている。餌は生きたエビだ。
「ええかゆうた、エビの尻尾を切って、そこから針を通してエビの腹から針をクイと出す。そしてゆっくり沈める。オモリが底に届いたらフタヒロあげて、魚が食いついたら、ピクッと手に伝わる」
ゆうたも見よう見まねで糸を握り、海に垂らした。しんと静まり返った海。遠くでカモメが鳴く。
手のひらに集中する。指先で、海の底を感じる。
……数分が過ぎたころ、不意に「ピクッ」と、軽い引きが走った。
「おじいちゃんキタ」
「まだまだ待て、今合わせると早合わせとなる。鯛の口は硬いから、自分で咬ませないと針が立たんのじゃ。今じゃ、引け!」
祖父の声に合わせて、ゆうたは思い切り糸を手繰り寄せた。
重い! まるで海の底に誰かがしがみついているようだった。糸がどんどん出ていく。
「慌てるな! 引いて、止めて、また引く!そうじゃ、いいぞ」
糸が食い込む指が痛い。でもゆうたは、夢中だった。汗がにじむ。腕が震える。
そして――
水面に紅色の魚体が現れた。
「鯛じゃ! ええサイズじゃのぉ!」
祖父がタモで魚をすくい上げた。キラキラと朝日を反射するそれは、まるで宝石のようだった。魚が跳ねるたびに、ゆうたの心も跳ねた。
「ほんとに、釣れた……自分の手で……!」
ゆうたはしばらく言葉が出なかった。手のひらには、糸の痕が赤く残っていた。足はガクガク震えた。
「これが、一本釣りかぁ……」
それからまた釣り始めたけど、糸が絡んでしまった。それを解こうとしたら、また急に吐き気がしてきた。僕は慌てて船のへりにしがみついた。そのとき祖父が、
「吐くな、こらえろ。出かかったら呑み込め」
僕は喉に押し上げてくる胃の中のものが口の中に溢れた。そして一気に逆流させた。
「よしよし、ようやった。もう大丈夫じゃ。これで船酔いも収まるじゃろう」
すると不思議なように気分が良くなった。
そして、祖父と僕はそのまま釣り続けて大漁となった。船の生け簀は鯛やアジでいっぱいになった。
船が岸へ戻るころ、空はすっかり日が高くなっていた。キラキラ光る海を背に、ゆうたは指の小さな痛みと、満足感に溢れていた。
<次回第4話「鯛の食卓」>
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