

連載「ゆうたの夏」
第11話「ハマチ大作戦」
夜明け前——
波の音がやさしく響く静けさの中で、ゆうたはふと目を覚ました。
「ゆうた、起きろー! 今日は大漁日和だよ!」
さくらが勢いよく蚊帳をめくった。島の空はまだ青白く、水平線がほのかに朱を帯び始めていた。
「うわ、もう朝!?」
「ほらパジャマ脱いで、はい、早く短パン履いて、Tシャツ着て」
さくらに急かされ、パンツ一丁なのにアレ? 恥ずかしさなんて飛んでた。
急いで歯を磨き、顔を洗う。
祖母が声をかけた。
「これ、持って行きんさい。みんなの分も入っとるよ」
風呂敷に包まれていたのは、ぎっしりと詰まったおにぎりと、卵焼き、唐揚げ、梅干し、きゅうりの漬物……。ふんわりとした温もりと香りが、胸いっぱいに広がった。
「ありがとう、おばあちゃん!」
さくらとともに港へ向かう道すがら、空はだんだん明るさを増し、セミたちが「ジーーッ」と一斉に鳴き始めた。
***
港には、すでに航太と父親が船の上で準備を整えていた。港の中で一番大きな船。
「おーっ、来たな! ほら手につかまれ」
「それじゃ行くぞー。航太、ロープを外せ」
航太の父は操縦席へと向かう。エンジンが低くうなりを上げ、船が桟橋を離れる。
港を出るとスピードがグングンあがり、大きく波しぶきをあげながら爽快に波を切っていく。
「わー、速ーい」
船は島の裏側へ。島の突端に潮の流れがぶつかり合う、そこがハマチの好漁場だ。
すでに何隻かの船が集まり、釣り糸を垂らしていた。
「ここではお前たちは釣りじゃなくて、サポート役だ」
航太の父が言う。
「ハマチは大きい。下手すりゃ海に引きずり込まれるぞ。いいか、釣れたら俺が船に上げる。そいつが暴れるから、押さえて針を外すんだ」
「了解っ!」
航太が手袋をはめ、ゆうたとさくらにも渡す。
「絶対に素手で触るなよ。ヒレの棘が刺さるからな。あいつら、本気で暴れるからな!」
***
一本目のアタリ。父親の手の糸がググっと引き込まれる。
「来たぞ!」
糸がギュッギュッと引き込まれる。そのスピードがどんどん速くなる。
「これは3匹くらいかかっとる」
水面にバシャバシャと水しぶきがあがった。すかさずタモですくいあげ、船の上に投げる。
——ハマチだ。1メートルはある。銀青の胴体が船上で暴れ、床板にドン!と響く。
「さぁ、いくぞ! 頭押さえろ、ゆうた! さくら、尻尾!」
「よしっ!」
三人は協力してハマチを押さえ込む。航太の父が股にハマチを挟んで、針を外そうとしたそのとき——
「うおっ、痛っ……!」
ハマチの尻尾が思いきり父の股間を叩いた。
「やばっ、今の痛そ〜!」
「父ちゃん、やられてる〜!」
子どもたちは大笑い。父親も苦笑いしながら針を外す。
「笑ってないで集中しろ。次、いくぞ!」
***
何匹か釣れたあと、今度はゆうたが針を外す。
「こうやって、頭を押さえるんだ。全体重かけろよ」
航太が指導する。
「さくら、尻尾頼む!」
「おっけー!」
ドタバタと暴れる魚。ゆうたは汗だくになりながら、必死に押さえる。手袋の下の手がしびれるほどだった。
「うわああ、こいつ、めっちゃ強いっ!」
「いいぞ、もうすぐ外れる!」
ようやく針が外れ、生け簀に入れると、三人ともへとへとだった。
***
日が高くなり、潮が変わるタイミングで場所を移動。
「よし、ここでメシにするぞ」
甲板に腰を下ろし、祖母が持たせてくれたお弁当を広げる。
白いおにぎりを頬張ると、ほんのり塩気が広がる。海の風と、波の音。そして——
「この卵焼き、めっちゃうまい!」
航太が声をあげた。
「おばあちゃんの味だ……」
***
午後は、子どもでも釣れる小型の「ヤズ」に挑戦。ハマチよりすいぶん小さいとはいえ、50センチ以上の魚だ。
一投目で、さくらの手に強い引きが。
「きたーーーっ!!」
「腰、落として」
航太が後ろに構える。
ぐいぐいと糸が引かれ、水面を割って躍り出た魚体。見事なヤズだ。
「よっしゃーー!!」
次は航太。手さばきも鮮やかに、あっという間に釣り上げる。
「さすが漁師の息子!」
そして、ゆうたにもアタリが。
「き、きた! でもすっごい横に走る!」
「落ち着け、もっと強くたぐれ!」
海の中を右へ左へ、まるで魚に引っ張られるように動き回るゆうた。
ついに海面に浮かんできた魚は、これまでで一番大きかった。
「タモ、いくぞ!」
航太がすくいあげ、三人は声を揃えて叫んだ。
「ばんざーーいっ!!!」
***
しばらくするとアタリがパタッと消えた。航太の父が、
「潮が止まったか」
と、そのとき人の倍くらいの巨体な魚がジャンプした。バッシャ~と大きなしぶきをあげた。
「うわ~、なにあれ?」
航太の父が
「あれはイルカじゃな」
そのときに、近くの船からガチャーんと大きく割れる音がした。
「あのオッサン、魚が釣れなくなると機械場の上で酒を呑むんだ。ビックリして酒瓶をひっくり返したんだ」
僕らが笑っていたら、そのオジサンもこちらを見ながら「でへへ」と笑っていた。
航太の父が、
「どうりで釣れんはずだ。イルカがくると魚が散るんだ。そろそろ帰ろう」
夕暮れ
船は港へ戻り、夕陽が海に沈みかけていた。
「今日は楽しかったなぁ……」
「また行こうな、今度はもっとでっかいの釣るぞ」
三人が並んで夕陽を見つめる姿に、航太の父は目を細めていた。
「ほら、君たちが釣ったヤズだ。これを持って帰ってつくってもらえ」
ゆうたとさくらに、二匹ずつもたせてくれた。
「いいの!?」
「うちのじいちゃん、刺身が得意なんだ!」
***
夜
食卓にはたくさんのヤズの刺身、煮つけ、照り焼き……祖父が腕をふるい、三人で舌鼓。
「どうだった? 釣りは」
「すっごかったよ! 船で暴れまくってさ!」
「ハマチの尻尾で航太の父ちゃんがキンタマを蹴られた!」
みんなで笑い合う夕食のひととき。心もお腹も、満たされた。
明日も、きっと何かが待っている。
島の夏は、まだまだ続く。
<次回第12話「さくら災難に遭う」>
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