鯛の里日記

周防大島町沖家室島の民泊体験施設・居酒屋の日常と、宮本民俗学の学びを書きます。

連載「ゆうたの夏」 第12話「さくら、崖から転落」

連載「ゆうたの夏」

第12話「さくら、崖から転落」

「ねえ、あの山の上にある風車、見に行かない?」

朝の潮風が吹き抜ける中、さくらがふいに言った。

ゆうたと航太は顔を見合わせて、にっこりうなずく。

「ああ、あそこか。港からも見えるよね。行ってみようぜ!」

「三十分も登れば着くって、おばあちゃんが言ってた」

三人は帽子をかぶり、水筒を肩からさげて、小さな山道へと向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

島の山道は、夏の花でいっぱいだった。

黄色いオミナエシ、紫のノアザミ、白いユウガオ……
ゆうたはカメラみたいに目に焼きつける。

「この花、見て! めっちゃきれい!」

さくらが両手を広げて風に顔を向ける。
その様子を、航太はやさしい目で見ていた。

やがて、丘の上に、大きな白い風車が姿をあらわした。

「うわあ……」

「でっけえ……ほんとに回ってる!」

空の青さを背に、風車の羽が、ゆっくりと回っていた。
三人はしばらく、ことばも忘れて見上げていた。

そのときだった。

 

「きゃっ!」

 

さくらの足元が崩れた。

「さくらーっ!」

ゆうたと航太が叫んだときには、もう、さくらの姿が消えていた。

あわてて崖のふちをのぞきこむと、
10メートルほど下、一本の木の前で、さくらが止まっていた。

「さくら! 大丈夫か!」

 

意識はある。でも、動けないようだった。
航太とゆうたは、ツルや木の枝につかまりながら、そっと崖をおりていく。

さくらの足には、すり傷と、膝からの出血。

「ちょっとしみるかもだけど、がまんして」

航太はリュックからタオルと消毒液を取り出し、
さくらの足をそっとぬぐい、消毒してから包帯のように巻いた。

「俺、人を呼んでくる! ゆうた、さくらを頼む!」

そう言って、航太は山道をかけおりていった。

 

◆ ◆ ◆

 

「さくらちゃん、気分わるくない? もうすぐ助けが来るから」

ゆうたがそっと声をかけると、さくらはかすかにうなずいた。

ふと、ゆうたは気づく。
さくらの座っている地面が、じわじわと湿ってきている。

「ここ、ちょっと危ないかも。もう少し移動しよう」

「でも……歩けない」

ゆうたは黙ってしゃがんだ。

「さあ、つかまって」

 

さくらをおんぶして、ゆっくり立ち上がる。
重たい。でも、ゆうたは足をふんばって歩きだした。

どれくらい歩いたか。ようやく横の小道にたどりついたとき——

「ゆうたーっ!」

航太の声が響いた。

通りがかりの知り合いのオジサンが、手をふりながらかけ寄ってくる。

「よし、大丈夫だ。さくらちゃん、背中に乗って」

ゆうたと航太は、さくらをそっとオジサンの背中に乗せた。

そのまま100メートル先に停めてあった車へ。
三人は乗せられ、町の病院へとむかった。

 

◆ ◆ ◆

 

病院につくと、ストレッチャーが出てきて、さくらは処置室へ。
そのあいだ、ゆうたと航太は待合室でそっと祈るように座っていた。

しばらくして、さくらの両親がかけつけた。

そして——

処置を終えたさくらが、包帯を巻いた足で、松葉杖をつきながら出てきた。

 

「さくら……!」

航太が思わずかけよって、目をぬぐった。

「ごめん……俺、ちゃんと見てなくて……」

「大丈夫だよ。先生がね、一週間くらいで抜糸できるって。でも今夜は安静のために、一晩入院することになったの。」

泣きじゃくる航太。

さくらの父と母は、ゆうたと航太の肩に手を置いた。

「ほんとうにありがとう。助けてくれて、ありがとう」

その言葉に、ゆうたの胸の奥も、ふっとやわらかくなった。

けれど、どこかで小さなもやもやが残っていた。
航太とさくらの、仲のよさに……。

 

◆ ◆ ◆

 

数日後。さくらの家。

航太は、麦茶を運んだり、トイレの前まで寄り添ったり。
まるで“お世話係”みたいに、いつもそばにいた。

「ありがとう。ほんと、助かるよ~」と、さくら。

それを見ながら、ゆうたはふと思った。

(……おれ、じゃまなんじゃないかな)

さくらの母が、やさしく話しかけてきた。

「航太くんとさくら、保育園のころから、ずっとああなの。
けんかもするけど、なんだかんだで、まるで兄妹みたい」

ゆうたは、にっこり笑った。でも、胸の奥はまだすこしざわざわしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

数日後の昼さがり。ゆうたが一人で海沿いを歩いていると、
向こうから航太が歩いてきた。

「最近、さくらの家に来ないな」

「なんか……ふたりの邪魔しちゃいけないかなって思って」

航太はびっくりしたように言った。

「なに言ってんだよ! 三人は仲間だろ! さくらも心配してるぜ!」

「……うん、そっか」

風が吹きぬけた。ゆうたの胸のもやもやが、ふっと消えていくようだった。

 

◆ ◆ ◆

 

さくらの家。
さくらの母がケーキを出してくれて、「買い物行ってくるね」と外に出た。

三人は座って、トランプをはじめる。

「七並べしよう!」とさくら。

「負けたやつが水くみに行く!」と航太。

「それ、ぜったい俺じゃん!」と笑うゆうた。

カードをきる音、笑い声、夕方の風。
三人の距離が、またひとつ近づいた気がした。

(おれ……ほんとうに、いい友だちができたんだな)

夏の午後。白いカーテンが、そっと揺れていた——。
<第13話「ゆうたテンマ舟に挑戦」>

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