鯛の里日記

周防大島町沖家室島の民泊体験施設・居酒屋の日常と、宮本民俗学の学びを書きます。

連載「ゆうたの夏」 第13話「ゆうた、テンマ舟に挑戦」

 

 

連載「ゆうたの夏」
第13話「ゆうた、テンマ舟に挑戦」

「テンマ舟、漕いでみたいって言ってたよな、ゆうた」

朝の港。潮の香りが風に乗って漂う中、航太がそう言って笑った。

「うん、やってみたい! 僕に漕げるかな?」

「当たり前だろ。さくらだって乗ってるんだぜ」

「ふふ、けっこうコツがいるけどね」

さくらが得意げに胸を張った。

港の端に、小さな木の舟が浮かんでいた。テンマ舟――島では昔から使われてきた、一人でも漕げる軽い舟だ。

「よし、まずはゆうたが漕いでみろ」

航太に言われ、ゆうたはおそるおそる舟に乗り込んだ。片手で櫓(ろ)を握って動かしてみる。ぐいっ、ぎこちない。舟がキリキリと小さくまわる。

「うわっ、外れた!」

櫓が海に落ちかけ、あわてて拾う。

「そうじゃない、櫓はこう握って、押したときに手首を返すんだよ」

航太が見本を見せると、さくらも「コツさえつかめば簡単よ」とにっこり。

何度もくり返し、ようやく舟が前に進みはじめた……と思ったら、ぐるぐる回り始めた。

「なにこれ、またまわってる!」

三人は大笑い。

「ま、最初はこんなもんさ。俺が漕ぐから、沖に出よう」

港の出口に向かいながら航太が説明した。

「船が港を出る時は、右側通行。これは覚えておいた方がいい。港に入る船とぶつかったらいけないからな」

航太が交代して、舟はするすると進み、港の外へ出た。潮が後から追いかけるから速い。すぐに島の影になった、波の静かな場所に着く。錨を下ろす。

「さあ、釣るぞ」

さくらと航太が釣りの準備をはじめる。エビの餌を針に刺し、そっと海に垂らす。

「餌って、こう刺すの? こわ……うわ、ヌルヌルする!」

「これも慣れだよ」と航太。

さっそく、さくらにアタリが来た。

「来たっ!」

糸を上手にたぐり、釣り上げたのはメバル

「やったー!わたし、煮つけはメバルが一番好き」

続けて航太も釣り上げる。ギザミだ。しかしゆうたにはなかなかタイミングがつかめない。

「指先に集中するんだ。ピクッとしたら、一瞬で合わせる!」

航太に言われたとおりにすると……

「来たっ!」

ゆうたの糸がぐいぐい引っ張られる。そして、茶色くぬるりと光る魚体が現れた。

「でっかい!」

上がってきたのは立派なアイナメだった。

「ビギナーズラックだな!」

「やったー! 釣れた釣れた!」

三人の歓声が海に響いた。

***

昼どき。浜辺に近いところまで舟を移動し、舟の上でお弁当を広げた。

「このおにぎり、ゆうたのおばあちゃんの味だ」

「うん、卵焼きもあるよ」

「いただきまーす!」

舟の上に広がるごちそう。潮の匂いと一緒に、笑い声が弾ける。


そのときだった。

「ねえ、なんか海面がざわざわしてない?」

さくらが言ったとたん、海の表面に銀色の波が押し寄せた。

イワシの大群だ!」

小さな魚たちがピョンピョンと水面を跳ねながら、舟に迫ってきた。

「うわっ、ぶつかりそう!」

その直後、海が一瞬しん……と静まり返った。

「下、見て!」

航太が指さす。

ゆうたたちが海をのぞきこむと、青く光るイワシの群れが通り抜けていく。そのあとから、アジやサバの群れが追いかけるように現れる。

「すっごい……」

だがそれで終わりではなかった。

さらにそのあとから、青黒く巨大な影が現れた。

「ハマチだ! あれ、ハマチの群れ!」

「うわー、めっちゃデカい!」

その直後、もっと大きな影が現れる。

「イルカだ!」

つぶらな目をしたイルカ。

そして、海がふわりと盛り上がるようにして……灰色の背中が現れた。

「クジラ!?」

「スナメリクジラよ。ときどき、このへんにも来るの。ね、航太」

「そうそう。海の食物連鎖の最後の王様だな。島ではデゴンドウって呼んでるんだ」

「じゃあ、あのクジラを釣ろう」

とゆうたが言うと、ムリムリムリを航太とさくらがすまし顔で手を横に振った。

ゆうたは、初めて見る命のリレーに胸を打たれていた。

「この海、ほんとにすごいんだな……」

***

帰り道は、ゆうたが舟を漕ぐ番。だが、潮が港から離れる時の向きとは反対に流れていて、なかなか進まない。

「いけるか? がんばれ!」

「くっ……進まない!」

「じゃ、三人で一緒に!」

力を合わせて、舟はゆっくりと港へ向かって進んでいった。

***

夜。航太とさくらも、ゆうたの祖父母の家にやってきた。

「釣った魚、さばくよ!」

祖母が手際よくさばいたメバルアイナメは、刺身と唐揚げに。みんなで舌鼓を打った。

祖父がぽつりと話し始めた。

「昔は、親父と一緒に、テンマ舟で豊後水道まで行ったもんで、そのころはエンジンなんてなかった時代。夜通しかけてな」

「豊後水道って、めっちゃ遠いよ!」

「そうじゃ、漕ぐのはもっぱら子どもの仕事。オヤジらは酒を呑んどる。遠いようでそうでもない。潮に載れば一晩で着く。引き潮は一日に二回ある。一潮が6時間じゃ。そこで次の潮まで6時間待つ。そしてまた引き潮になると漕ぐ。すると一晩で着くんじゃ」

「ふ~ん、海は不思議がいっぱい」

食後、三人は蚊帳の中に布団を敷いて並んで寝た。

「今日、ほんとすごかったね」

「魚も、海も、全部がキラキラしてた」

「また行こうな。今度は、もっと遠くまで!」

三人の夢は、潮風とともに夜の海へと漂っていった——。

ーーー
「ゆうたの夏」特設サイト
https://www.facebook.com/profile.php?id=61576539887450

<編集後記>

AIに原稿にそってイラストを描いてもらうと、櫓を漕ぐのがオールを漕ぐになっていた。昔ながらの和船の一本櫓に書き直してといったら、このイラストになった。全然違う。やはり昔ながらの櫓を漕ぐイメージがAIにはないのだろう。