鯛の里日記

周防大島町沖家室島の民泊体験施設・居酒屋の日常と、宮本民俗学の学びを書きます。

連載「ゆうたの夏」 第17話「夏祭り・ゆうたとさくらの心に芽生えた変化」

連載「ゆうたの夏」
第17話「夏祭り・ゆうたとさくらの心に芽生えた変化」

夕暮れの潮風が島をやさしく撫でていた。神社の境内では、赤や黄色の提灯がゆらゆらと揺れ始め、ぼんやりとした明かりが夕闇に溶け込んでいく。潮の香りに混じって、焼きとうもろこしの甘い匂いが鼻をくすぐる。玉砂利を踏む音がじゃり、じゃりと心地よく響き、夏祭りの訪れを知らせていた。

今日は、島で年に一度の「夏祭り」。古くから漁師たちの無事と豊漁を願って行われてきたこの行事には、島中の人々が集まり、境内は熱気に包まれていた。

「ゆうた〜、浴衣、似合ってるじゃん!」

神社の鳥居の下から、航太が大きな声で呼びかけた。

ゆうたは、祖母が用意してくれた藍色の浴衣を着ていた。帯を結んでもらうのにもひと苦労したが、思ったより悪くない。けれど、慣れない和装に少しそわそわしていた。

「わ、わ、そうかな……」と照れ笑いを浮かべると、背後から軽やかな声が届いた。

「お待たせ〜」

振り返った瞬間、息をのんだ。そこには浴衣姿のさくらが立っていた。

紅色の朝顔が描かれた浴衣が、薄暮の空に美しく映えている。髪は編み込まれ、いつもより少しだけ大人びた雰囲気をまとっていた。さくらは少しだけ頬を赤らめ、目をそらしてつぶやいた。

「変じゃない、よね?」

「……すごく似合ってる」

思わず漏れたゆうたの声。自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。胸の奥が、きゅっと熱くなる。

「ひゅ〜〜〜〜〜〜!!!」
横で航太が盛大に冷やかした。

「うるさいっ!」
さくらは笑いながら航太の肩を軽く突く。

「でも、なんか……ふたり、大人びたな」

航太はぽつりとつぶやいた。その声には、どこか寂しさのようなものがにじんでいた。

さくらはその言葉に気づいたように、くるりと振り返って言った。

「でも、航太も決まってるよ」

「そうかあ」
少し照れながら、航太は後頭部をぽりぽりかいた。

境内には、ヨーヨー釣りや射的、金魚すくいの屋台がずらりと並び、子どもたちの歓声が響いていた。三人は焼きそばを頬張り、かき氷を分け合いながら笑い合った。

夜が深まるにつれて、空は群青に染まり、いよいよ祭りの最後を飾る花火大会が始まった。

「うわあ……」

空に大輪の光が咲き、夜の静けさを破るように轟音が響く。火の花が弧を描き、散っていくたびに、ゆうたの心もまた高鳴った。こんなに胸がざわめくのは、花火のせいなのか、さくらのせいなのか、わからなかった。

そのとき、さくらがぽつりとつぶやいた。

「ねえ……この夏が、ずっと続けばいいのにね」

「……うん」

花火の音にかき消されそうなほど、小さな返事だった。

ふと、ゆうたとさくらの手が触れた。
ドキッとした。

「あっ、ごめん……」とゆうたが慌てて言うと、

「ううん……」とさくらは微笑んで、ゆうたの目を見た。

ゆうたはおそるおそる、さくらの手に自分の手をそっと重ねた。ふたりの目が合い、にこっと笑いあった。

そのすぐ横で、航太はひとり黙々とかき氷を食べていた。

最後の一発。金色の大輪が空に咲き、音もなくゆっくりと夜空に散っていった。

帰り道、田んぼの横を歩きながら、航太が振り返って言った。

「なーんか今日のふたり、イチャついてなかった?」

「べ、別にそんなんじゃないし!」
さくらが慌てて言い返す。

「なにそれ〜」と、ゆうたも苦笑い。

けれど、心の奥はずっとドキドキしていた。

ゆうたとさくらの心に芽生えた、小さな変化。それは過ぎゆく夏の輝きとともに育ち、そしてやがて訪れる別れの予感でもあった。

夕闇の中、三人の影が田舎道に並んで長く伸びていた。
その影の先には、もう秋がそっと待っているようだった。
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