
連載「ゆうたの夏」
第18話「猛烈な台風が島を直撃」
朝、目を覚ますと、空は鼠色に濁っていた。風の音が少しずつ大きくなってきている。テレビでは「過去最大級の台風が接近中」と何度も繰り返していた。
「ゆうた、行くぞ」
祖父の声に急かされ、ゆうたは雨合羽を羽織り、祖父と一緒に港へ向かった。浜の空気は湿って重く、波がざわついている。港にはすでに航太とその父親がいて、船をロープでしっかり固定していた。
「ゆうた、今度の台風はデカそうだぞ」と航太が真剣な顔で言う。「テレビで見たけどかつてないってさ」


「航太、ロープはそっち持ってけ」と父親の指示に、航太は頷いてロープを引っ張る。船の揺れに合わせて、金属のきしむ音が耳に残った。
その頃、さくらは自宅の銭湯で忙しく動き回っていた。近所の避難所になるため、母と一緒にむすびや煮物などの準備に追われていた。
港から戻ると、祖父は海に面した窓に板を打ち付け、祖母は家財道具を海とは反対側の部屋へ運んでいた。
「おばあちゃん、島の台風ってそんなにすごいの?」
「そりゃあもう、波が家の下の石垣に打ちつけたら、家が揺れるよ。でもね、大丈夫。いままで一度も屋根が飛んだことはないから。……でも、万が一ってこともあるからね」
簡単な朝ごはんを食べていると、外の風が急に唸り始めた。「ヒューッ」と空気が鳴き、家がミシミシと音を立てる。祖父は古いラジオに耳を傾けていた。

「東経なんとか、北緯なん度とかようよく分からんが、南大東島だけはわかる。今は沖縄のあたりじゃな」
「おじいちゃん、いつごろ来るの?」
「豊後水道を抜けたら、一気に来る。昼過ぎじゃろうな。直撃の可能性が高い」
「直撃…?」ゆうたは思わず身がすくんだ。
昼過ぎ、空がぐっと暗くなり、風はさらに唸りをあげて吹きつけてきた。

「風が西に変わった。こりゃ、豊後水道を抜けたな。ゆうた、おばあちゃんと避難の準備をしておきなさい」
「うん、わかった!」
その直後、「ドーンッ」と鈍い衝撃音。家全体がガタガタと揺れ、波が窓のガラスを割り、打ち付けていた板の隙間からしぶきが吹き込んできた。
「バリバリバリッ!」屋根の上から大きな音が響いた。
「瓦が飛んどる! ゆうたとおばあちゃんは先に避難しなさい!」
「おじいちゃんは?」
「ワシはもうちょっと窓の補強をしてから行く。すぐ追いつく」
ゆうたと祖母はカッパを着て、風雨のなか銭湯へと急いだ。体が飛ばされそうな風。濡れた地面に足を取られながらも、なんとかたどり着いた。

「ゆうたくん、おばあちゃん、上がって上がって!」
さくらの母が迎えてくれた。すでに何人かの住民が避難しており、脱衣所にマットを敷いて肩を寄せ合っていた。
「さくらちゃん」
「ゆうたくん、大丈夫? おうちは?」
「うん、波が打ちつけてたけど、じいちゃんが補強してくれて……でも怖かった」
そこへ、ガラッと戸が開き、航太と母が駆け込んできた。
「航太、こっちこっち!」
「三兄弟そろったわね〜」とさくらの母が笑う。
「長男はオレ!」「長女はワタシ!」「また始まった……」とゆうたが笑うと、場の緊張も少し和らいだ。
しばらくすると、「あっ、電気が消えた」と誰かが言った。さくらの母がロウソクに火を灯す。薄暗い銭湯のなか、ろうそくの明かりが揺れていた。
風の音はまだ遠くで唸っていたが、ここには波の心配がなかった。銭湯の通路からさくらの両親とさくらがむすびや煮物が入った鍋などを運んできた。「ゆうた、手伝おう」と航太。「うん、わかった」。他にも近所の人たちが持ち寄ったおかずなどがが並び、みんなでおにぎりを分け合った。まるで夜の花見のようだった。
しばらくして、ゆうたの祖父と航太の父もやってきた。
「家はだいぶ傷んだが、でも、ワシまで持って行かれちゃ叶わんから避難してきた」
「うちも同じですわ。今回の台風はでかい」
一時間もすると、風が急に収まった。
「空が……明るくなってきた!」

さくらが銭湯の外に出て叫んだ。鼠色の空が、青に変わっていた。
帰り道、道路には海藻や砂が散乱していた。家の前まで戻ると、祖父が浜に立っていた。
「ゆうた、見てみい。屋根がカツラかぶっとるぞ」
見ると、屋根にびっしりと海藻が乗っていた。ゆうたと祖父は声を上げて笑った。
瓦は少し飛んでいたが、家は無事だった。みんなで片付けを終えると、夕方になっていた。

「ゆうた、風呂に行っといで」
祖母に言われ、ゆうたは再び銭湯へ。
戸を開けると、番台にはさくらの父が座っていた。
「よう、ゆうたくん。大丈夫だったか?」
「はい、家は流されてませんでした」
脱衣所から航太の声がした。「ゆうた、こっち!」
風呂に入ろうとしたとき、「私も入るからね〜♪」と、さくらが鼻歌交じりに女湯へ向かっていった。
「わ、わわっ!」と、あわてて湯船に駆け込むゆうた。
こ~ん、と桶の音が響いた。
「家、大丈夫だった?」と航太。
「うん。でも屋根が海藻だらけでさ。じいちゃんとカツラだって笑ったんだ」
すると女湯からさくらの声。
「ねーねー、明日なにするー?」
「明日は父ちゃんが網を引くって~、干物づくり手伝ってくれないかってさ」
「やったー!終わったら干物焼いて食べよー! あれ、最高にうまいからー!」
「そっちかよー!」
湯気のなか、三人の笑い声が風呂場に広がった。

台風は去った。けれど、ゆうたの心に残ったのは、風の怖さだけじゃない——
人と人のつながりと、島で過ごす一日一日の大切さだった。
<次回第19話「航太の家で干物づくりの体験」>