
連載再開「ゆうたの夏」(中学編)
初編はゆうた・航太・さくらは小学4年生。それから4年後、三人は中学2年生になった。その年の夏休みに入った直後、瀬戸内で祖母と暮らす祖父の死去が伝えられた。
第一話 祖父の死去
夏休みに入ったばかりの午後だった。
突然、父の携帯が鳴った。
受話器の向こうの声を聞いた瞬間、父の顔色が変わった。
静かに電話を切ると、僕を見た。
「……島のおじいちゃんが、亡くなった」
その言葉は、胸の奥に重く沈んだ。
母はすぐに支度を始め、僕たちは急いで家を出た。
島へ向かうフェリーの甲板に立つ。潮風が頬を打つ。
見慣れたはずの海なのに、今日はどこか遠い。
水平線の向こうに、あの島影が見えてくる。
——あのときと同じだ。
小学四年生の夏、はじめてひとりでこの島に渡った日。
不安でいっぱいだった僕を、港で待っていてくれた大きな背中。
「よう来たな、ゆうた」
頭をぐしゃぐしゃになでる、大きな手。
あの感触が、今もはっきりと残っている。
けれど、今日は——。

港にフェリーが着くと、見覚えのある二人が立っていた。
「ゆうた!」
「ゆうたくん!」
駆け寄ってくる声。
——航太とさくら。
四年ぶりのような、でもつい昨日のような距離感。
僕は思わず声を上げた。
「でか!!」
目の前に立つ航太は、僕より頭ひとつ大きい。肩も広く、腕も太い。
「父ちゃんの船に乗って網をひっぱったりロープ引いたりしてさ。飯もいっぱい食ったらこうなった」
得意げに笑う。
さくらが横から言う。
「まったくバカの大食いなんだから。オッサンみたい」
「なんだとー、バカとは何だよ!」
変わらないやり取りに、思わず笑いそうになる。
けれど、僕はふとさくらを見た。
——言葉が出なかった。
中学二年になったさくらは、すっかり大人びていた。
長い髪が風に揺れ、涼しげな目元。
東京のアイドルに負けないくらい、いや、それ以上に——。
か……可愛い。
「背、高くなったね、ゆうたくん」
微笑まれて、心臓が跳ねた。
両親が頭を下げる。
「航太くん、さくらちゃん、ありがとう」
「ううん……おじいちゃん、ご愁傷さまでした」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
涙が込み上げる。
でも、僕は必死にこらえた。
さくらの父親が、銭湯のマイクロバスを出してくれていた。
「急なことでしたねえ」
父と母が深々と頭を下げる。
島の空気は、いつもと同じ匂いなのに、どこか静かだった。

家に着くと、近所の人たちが通夜の準備をしていた。
玄関で、おばあちゃんが迎えてくれる。
「よう帰ってきてくれたねえ。おじいちゃんが待っとるよ」
その声に、胸が締めつけられた。
座敷の中央。
棺に横たわるおじいちゃん。
父が崩れるように泣いた。
母もハンカチで目を押さえる。
おじいちゃんの顔は、とても穏やかだった。
今にも目を開けて、
「何泣いとるんじゃ」
と笑い出しそうで。
僕には、まだ実感がなかった。
夜。お通夜が始まった。
家には大勢の弔問客が訪れる。
航太とさくらの両親も来てくれた。
「このたびはご愁傷さまでした。あんなに元気だったのに……本当によくしてもらいました」
焼香する航太とさくらの肩が、小さく震えているのが見えた。
母が言う。
「どうぞこちらでゆっくりしてってください」
テーブルには料理やお酒が並ぶ。
そのとき、おばあちゃんが僕に声をかけた。
「ゆうた、航太くんとさくらちゃんと一緒に隣の部屋に食べ物を持っていきなさい。つもる話もあるだろうから」
三人で顔を見合わせ、小さくうなずいた。
——ヤッタ。

隣の部屋に座ると、僕はすぐ航太に言った。
「なんでそんなにデカくなったんだ?」
「だから言ったろ。船の手伝いだって」
「まったくバカの大食いなんだから。オッサンみたい」
「なんだとー!」
「あっはっは、また兄弟げんかが始まった」
三人で大笑い。
笑った瞬間、胸の奥の重さが少しだけ軽くなった。
隣の部屋で飲んでいた大人たちが、こちらを見ている。
「なんだか楽しそうだねえ。あの三人、ほんとに兄弟みたい」
父が微笑む。
「ウチは一人っ子だから、友達になってもらって本当によかった」
「それはお互いですよ」
航太とさくらの両親も口をそろえた。
「さあ、そろそろおいとましようか」
さくらの母が立ち上がる。
けれど母が言った。
「きょうは通夜で夜も長いし、もう少しウチでふたりをお預かりしますよ。あとで送っていきますから」
すると航太の父が笑う。
「さくらちゃんは航太が送るから大丈夫ですよ。おい、先に帰るぞ」
「わかったー」
弔問客が途切れたころ。
気がつくと、僕たち三人はそのまま畳に転がって眠っていた。
さくらは小さく丸まり、航太は大の字。
僕はその間で、静かに息をしていた。
それを見た両親が微笑む。
「ほんとに兄弟みたいね」
「明日の朝にでも送ろう。航太くんとさくらちゃんの両親には電話しとくから」
蝉の声が、遠くで鳴いている。
おじいちゃんのいない夏が、静かに始まった。
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