鯛の里日記

周防大島町沖家室島の民泊体験施設・居酒屋の日常と、宮本民俗学の学びを書きます。

僕の背中はなぜ丸い

【僕の背中はなぜ丸い】
40年ぶりの友人にばったり会った。
隣に彼の父親がいたのですぐに分かった。
お互いずいぶんとオッサンになったもんだ。
その彼の開口一番。

「昭ちゃん、ずいぶんと苦労したんじゃね。すっかり背中が丸くなって」

「いやー、重いものを背負ってきたからね」

ハッハッハ!(^^)! んなことあるかい!(××)!。

僕の背中がなぜ丸いかというと、
さいころから光が目に入ると刺さるような痛さで
きちんと前を向くことができなかった。
蛍光灯でさえもそうだから、
日なたなどほとんどうつむき加減でないと歩けなかった。
アルバムに保育園児のときの写真がある。
泊清寺保育園の境内のジャングルジムの前で
先生の前にかたく目をつぶった姿がある。
外は強い日差しのようだ。

原因は今でいうアトピー
当時はアトピー性皮膚炎という呼び名はなく、
たんにシッシンと言われていた。
特定の食べ物を口にすると症状が現れる。
僕の場合は卵・牛乳・小麦粉・米・チョコレート・牛豚鶏などの動物肉。
海のものは大丈夫だった。
当時はアレルゲンを特定する検査すらない時代。
自分としては特に卵とチョコレートがひどかったように思う。

症状としては、
腋の下や顔面とか目のふちや唇、
口内炎や鼻の穴や周り、
耳の周辺と頭部などに水ぶくれが出来る。
それが破れるとかさぶたになり時には化膿する。
いまでも忘れられない一番びっくりしたのは、
朝起きると頭になにやらジワジワ動く気配があり、
指でつまむとウジ虫だった。

蠅が卵を産むと一晩で孵化する。
台所でも、
生ごみを放置していると、
いつのまにかうじ虫がたかっていることがある。
これはどこからかやってきたのではなく、
孵化したものだ。

頭部で炎症を起こしたところはいつも髪をつまれ、
チンク油というメリケン粉を油に溶いたような白い液体の薬を塗っていた。
しかしまったく効果はなかった。

隠れた部分はいいけど、
顔面などは人目につく。
鼻の下にかさぶたをつくると、
鼻の下にクソがついているとからかわれた。
冬になると顔面が切れて血がにじむ。
テンカフンをはたいたら女の子のようだと笑われた。

そのような症状は高校生くらいになるとだいぶ収まった来た。
ただ、目だけは収まらなかった。
高校生のころはテニス部にいた。
夕方になると陽も落ち、
真向かいの夕陽でまともにボールは見えなかった。
だから器楽部に転部した。

高校を卒業して社会人となり、
しかし目だけは相変わらずだった。
サングラスをかけるようになってだいぶ楽になった。
髪も伸ばしていたのでライブをやっているとガロのマークに似ていると言われた。

しかし、いつも下を向いて生活をしたせいで背中は老人のように丸くなった。
シャンと前を向けと注意されることもあった。
あるときは、ホイトのようだと陰口を叩かれた。ホイト…、
若い人は知らないかな、
今は差別用語かな!(^^)?。
ホイトとは乞食とか物乞いのこと。

19歳のころ、
目の縁がただれて、
まるで四谷怪談の幽霊お岩様のように顔が崩れ出した。
これをみかねた職場の先輩が家にやってきた。
「なにか用事ですか。今、目の調子が悪いので…」と言うと、
「いや、きょうはなんとしても眼医者に連れて行く」と車に載せられた。
当時はまだ車の免許は持っていたかった。

廿日市の名医と言われる眼科。
さっそく受診してもらうも、
先生の頭部につけた光る皿の真ん中からビーム光線が照射され目がくらんだ。

「よくこんなになるまで放置していましたね。失明寸前ですよ。アレ? 逆まつ毛があります。まつ毛が刺さっています。抜きましょう」

ピッと抜かれたあと、
急に痛みが取れた。
えッ、なにそれ。
今までの苦しみはたった一本のまつ毛!(^^;)?。
そして目の不調はまたたくまに収まったのだ。
なんということだろう。
さいころからあんなに眼医者にかかっても逆まつ毛は発見できなかった。

幼少のあるときは家房(かぼう)の祈祷師のところへ母に連れられた。
ドンドン太鼓を鳴らして祈祷する姿を覚えている。
渡された札。
札を開けると紙にお茶を垂らしたようなシミがあり、
それが僕の影なのだと。
それを患部にさするとよくなると。
今では信じられないかもしれないけど、
当時、昭和30年代はまだそんな時代だった。
治らない病は祈祷師の家房、
節々(腰や肩)が悪い時は按摩の伊陸(いかち)へ行けと言われていた。
ちなみに家房は周防大島町のある地区名で、
伊陸は柳井市の地区名。

ともあれ以来、
目がチクチクするときはピンセットでピッと抜く。
その役目は妻だった。
ところが老眼だと言い初めて、
娘に変わった。
「お父さんの目、ちっこい」などと抜かす。
「ウルサイワイ。ハッハッハ!(^^)!」。
そのうち娘も結婚し、
妻は買い物に行ってきまーすと出て行ったきり何年も帰ってこない。
だから今は鏡を前にして自分で抜くが、
1本だけを特定するのは無理なので、
まとめてブチ!(××)!。

そもそも目が弱いのは父から受け継いだようだ。
もう10年くらい前になるが反対の目が不調となった。
鏡をみるとなにやら黒目に水泡のようなものがあり視力が落ちた。
柳井の眼科へ行くとヨクジョウヘンという病名だと。
欲情変態? スケベなものを見すぎたか。
なんでも黒目の部分に白目が侵食する一種の腫瘍とのこと。
漢字で書くと翼状片。
ただし、悪性ではないが手術が必要とのこと。
原因は紫外線だそうだ。
そのことを父に言うと「ワシは両目をやった」と。

手術は広島でおこなった。
まずは点眼麻酔。
「松本さーん、目を洗いますからね」と、
看護士が僕の目に指をつっこんでくりくりするにはビックリした。
医師がメスで眼球の表面を削る。
その音は風船の表面をカミソリで削るとクイックイッと音がする、
それによく似ていた。
手術が終盤に入ったときメスが入った。
グサッ、目の前に血があふれた。
あの…、ちなみにまぶたは開かれたまま
ワッペンのようなもので固定してあるので全部見えるのだ。
僕の体がビクッとした。
「え、痛いのですか?」。
どうやら麻酔が切れかかってきたようだ。
痛さを堪えながら続行した。
日ごろの酒が祟ったようだ。
お蔭で目はすっかりよくなった。
今では余計なものまで見えるようになった。

人の体は繊細だ。
布団にたった一粒の豆粒があっても不快で寝られない。
豆粒くらいなら肉眼で見ればわかるが、
体のほんの一部の目の中のたった1本のまつ毛。
こんなものに僕は人生を狂わされたのだ。

しかし、人生ってそんな些細なことで左右されるものなのかもしれない。
ものごとには原因がある。
もし、小さな子をもつ親御さん、
もしお子さんにモノ言わぬ異常さを感じとったら、
僕のようにこんな些細なことが原因かもしれない。

ところで最近わかったこと。
同じくアトピー症状をもつお客さんに教えられたこと。
チョコレートを食べると症状が出るのは、
原料のカカオ豆の酵素だと。
まだまだ知らないことが多いものだ。

今思うと、
あのとき先輩が医者に連れて行ってくれていなかったら、
僕の片目は失明していたかもしれない。

僕の背中が丸いのはたった1本の逆まつ毛からだった。